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教えるということ
「教えるということ」(大村はま著)を読んだ。

この本を読んで考えさせられたのは以下2点である。

1.教育の専門職(プロ)としての教師
 教員は教育のプロでなくてはならない。その実力を持っていなくてはならない。素人と同じ教育しかできないのであれば、教員がいる意味がない。


2.教師になっても、日々研究を怠らない
「研究」をしない先生は、先生ではない(本文抜粋)。
日々、教材や指導技術を研究し、学び続けなくてはならない。

また、教師の本懐として、以下のようなことを述べている(本文抜粋)

「仏様がある時、道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱい積んだ車を引いて通りかかった。そこはたいへんなぬかるみであった。車は、そのぬかるみにはまてしまって、、男は懸命に引くけれども、車は動こうともしない。音kは汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたっても、どうしても車は抜けない。その時、仏様は、しばらく男のようすを見ていらっしゃいましたが、ちょっと指でその車におふれになった。その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、からからと男は引いていってしまった。」というお話です。
「こういうのがほんとうの一流の教師なんだ。男はみ仏の指の力にあずかったことを永遠に知らない。自分が努力して、ついに引き得たという自信と喜びとで、その車を引いていったのだ。」


つまり、子どもにとって、教師は思い出に残る人でなくて良い。そっと子どもの成長を後押しし、成長する場を用意することで、子どもの可能性・能力を伸ばしていくことが大切である。そして、子どもは、成長したのが自分の努力であると自信を持ってくれればよい、ということである。
この話はとても胸をうつものであった。

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【2007/10/16 08:37 】 | 書籍 | コメント(1) | トラックバック(0)
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【2008/10/02 00:49】| URL | #- [ 編集 ]
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